のぶ子、気が早い

10月から13日間続いた放射線治療のおかげで
のぶ子の脚の腫瘍がずいぶん小さくなった。

カラダの中の腫瘍はそうでもないようだけど、
見えるところが小さくなってきたら
のぶ子は治ったと言う。

気が早い。

病院側としても、治療を続けるのならいったん退院との判断。

最終的に家族の気持ちを確認したいと先生から電話をもらって、
私は治療を続けてほしいと答えてた。

その電話で、「看取り」をどうするかとも言われた。
治療をし続けるなら病院で最期を看ることができる。
治療をしないなら、ホスピスを申し込んでおいた方がいいと。


先生からの電話が来る前の週末、平日に休みとって帰ってたので
「長女が金曜日のお昼頃病院に行くから」
と父に伝言してもらって、当日看護師さんに母の様子を聞いていた。

せっかく帰るなら話を聞いたりこちらの要望も伝えられた方がいいと思ってたから。


ある程度母の様子を聞いていた中での先生からの電話。
細かく質問することもできたし、現状と今後の治療についても聞くことができた。

「退院前カンファレンス」
の日には、退院後の母の治療や家での介護生活について話し合った。

母はすでに退院できると思っていて、
「退院するときの服を持ってきて」
とせっかちにも言ってきた。

まだ決まってなくても帰る気満々。
元気な証拠ってことだからいいのだけれど、ここでも気が早い。


退院日は11月入っての月曜日。
私はどうしても都合がつかないので、妹が迎えに行ってくれた。

いろいろトラブルがあったようだけど、なんとか家に帰ることができたようだ。


これから老夫婦2人で暮らしていくことになる。

介護の助けを借りながら進めていきたいと思っているが、
果たして私たちの思うようにできるのか。

我が強くて絶対自分を曲げたくないのぶ子。

お風呂のことも家でなくちゃイヤだと言い続ける。

前もそうだったけど、勝手に真っ裸になってお風呂場に行く。

ベッドが置いてあるリビングからは出てはダメだと言われてるけど、
今回も出てお風呂に向かいそうだ。

手術のおかげで少し歩けるようになり、
リハビリのおかげで服の脱ぎ着が少しだけできるようになった。

1つできたら10できると思い込んでしまうところがある。
勝手にこけて骨折したらまた病院に戻らなければならないと言い聞かせたときは
とても殊勝な表情でやらないと言うのだが、
果たして父と2人の生活でそれがガマンできるのかどうか・・・。

そして、父は優しいから(母が口うるさすぎて黙らすためとも言える)
すぐに母の言うとおりに手を貸してしまう。
あきませんがな。

まあ、こけて骨折してまた戻ってくるかもしれないってことも含めての退院ってことらしいから
先生も母の性格をよく分かってくださっているということだ。


明日から1階のトイレの改修工事がスタートする。
和式トイレを洋式に変える工事だ。

和式トイレに洋式便座を乗せて母が利用していたけど、
段差が大きすぎて母は使えないし、
これから父が使うにしても大変だし、
いろいろ手を入れるのであればいいタイミングなのだ。

介護保険を使って申請して、やっと施工してもらえる。

この週末には完成するので、
母を車椅子で連れて行けばウォッシュレットも使えるようになる。
きっと快適になるはずだ。

ポータブルトイレの後始末もしやすくなる。
今はトイレタンクが壊れてるので
水を流すのも大変で母のトイレの後始末は2階のトイレを使う。
明日からの4日間は父が始末をしにわざわざ2階まで行くのか。
大変なことだ。

さてのぶ子はというと、
トイレットペーパーでおしもをふいてご機嫌になり、
それで手を洗ったことにしちゃう。

免疫力が落ちているのにばい菌に感染したら大変だよ!
とどんなに力説しても、「キレイきれい♪」と言う。
これも医師に伝えていて、気をつけてくださいと言われている。


のぶ子は外聞を気にするタイプなので、
「こんなきれいで新しいトイレを使える人が手を洗わないなんて御下品だと言われるよ」
そう言えば、なんとか取り繕うとしようとするかもしれない。

病気を病気とも思わず暮らすのはのぶ子のイイトコロなのかもしれないけれど。
そして、一緒に生活する家族にもばい菌のリスクがあるかもと考えないところは、
おおらかとも言えるけど・・・。
正直に言えば、まあ自分勝手だわね。

まあ、危機感半端ない。
今風に言うなら、「ぱねえ」・・・かな?
だまって消毒液持ってそこかしこにシュシュッして回るかな。
家族のいのち大事だもの。


子どもの頃からずっと思ってた。
うちのお母さんはしゃべることがとても御下品なのに、
他人の前では上品なフリをいつもする。

なんでかな?ホンマの自分を出さないなんて。
自分は御下品な人だと正直に言えばいいのにって。

子どもながら「いつも上品なお母さん」がいいなと思ってた。
お母さんが「お母さん」になるように、
だれかどうにかしてくれんかしらとも思ってた。

ならないけれどね。
あとは私自身が御下品に育たなければいいってことだけだし。


私が大人になってニュースで子どもへの虐待が取り上げられてるのを見て、
体罰だけじゃなくて、心への暴力とかも多いことを知って苦しい気持ちになった。

自分を振り返ると、そういや私にもあった。
痛かったし苦しんだし。すごくいやだった。
妹は今でも怒りを爆発させてる。


のぶ子自身はまったくそんなことは覚えてもないから
今更言っても仕方ないと思う。

自分で子どもの頃の記憶を癒やしてたら私はずいぶん楽になったもの。

目の前にいるのぶ子のシレッとした顔を見ると笑えてくるし。

「しんどい思い」を選ぶのがアホらしくなる。


入退院までのやりとりとか保険の請求とか、
病院側と介護側と家族同士と連絡取り合って万全な体制をとるのも大変だ。

いちいちしんどいと思うと、ホンマにしんどくて動けなくなる。

親のために一生懸命助けられることはする。

でも、「親のコトするのは当たり前やろ」
そう面と向かって言われたら腹が立つ。

「産んどいてよかった」
と言われても腹立たしい。

反対の意味は、「産まんかったらよかった」になるから。

私は自分の子どもたちが愛おしくて仕方ないのだけれどな。
子どもたちのためにできることを自分ができる限りしてやりたいと思うのだけど。

そう思えるのはのぶ子を見て育ったからかな。
人への思いやりを持つことの大切さを母以外の人から学べた。
結果的にそれもすごい教育の仕方だと思う。


生きる上で同時進行で段取りしないとうまく回らないことがある。
いろんな人が母の入退院にかかわってくれてることも
たくさんの人のおかげさまだって思いながら動く。

母はそういうことをまったく分かってない。
目の前には万全整った状態で物事が動くのが当然であり、
自らは動かなくてもいいと思っている。

でも、引き寄せの法則にのっとったら確かにいい状況を引き寄せているんだよな。
言いたいことを言いまくり、やりたいことをやりまくる人生。
自分で選び取ってるのがのぶ子。
(周囲が必死で整えてやってるのだ)

私たち子どもには言いたいことを言っちゃダメ、
やりたいことをやっちゃダメと教えてきた。
自分はやりたい放題で人への気遣いはなし。

人生振り返れば、私にとってはそれはいいことだったのかもしれない。
(その当時は苦しくて心がちぎれる思いをしてたけど)

母のような自分勝手な振る舞いをしてたら仕事にもならない。
人への思いやりが大事だと知れたこと。
反面教師でこそ学べることだった。


私は自分を抑えすぎてしまうところがあるので、
遅ればせながらそれはやめようとしている。

「しないといけない」で過ごしたウン十年。
母が言う「しなさい」で動かされてきた年月。

ここから脱して、「したい」って思うことで自分の残りの人生を送っていきたいのだ、私。

真面目すぎて(母にはない性格)一生懸命取り組みすぎるところがあって、
破裂しそうになってたのを見かねて、ある人から「休みなさい」と言われた。

「したい」と思うこと以外はしないでおくことをする1ヶ月。

パソコンのメールチェックもしない。
LINEの返信も急ぎでないのは放っておく。
録画したテレビを見なくちゃと思うものは見ずに、「見たい」ものだけ見る。

母の退院についても、自分を犠牲にして日程調整せず、
行けないときは行けないと言うとか。

だから今回は、妹が行ってくれることになったのだ。

いつものごとく調整のため間に入ろうかと思ったけど、やめた。
直接妹本人とやりとりするようにしてもらった。

だからか、病院側と介護側と家族側とが連絡ミスでおかしなことになってたらしい。
私は入らないと決めてたからいいのだ。


たくさんの人とうまく連携しようと思ったら、ホントに大変だ。
自分だけの都合じゃ回らない。

会社勤めをしてる経験もあるけど、
自分で会社経営するにしても必要なことだよ。

のぶ子は経営者の妻だけど、そういうこと全くしないできた。
父が全部するから。

パート勤めしてたわりには人との関わりに偏りがありすぎな気がする。

相手への気遣いってものが相変わらず抜け落ちてるところがまた笑えるのだ。

78歳、子ども化。

そこまで気が早いのもどうだかな。


きっと長生きするわ。





290691_s.jpg








この記事へのコメント