のぶ子、やっぱり食べることがお好き

先週末、のぶ子が退院した。
2泊3日の一時退院だ。

先日主治医から痛み止めは処方しないと連絡がきてたが、
実際は頓服が処方された。

まあとにかく家に帰れてよかったねという感じで母を迎えた。

退院の前の日、母から電話があった。
明日何時にきてくれるのかというものだ。

そして最後に、
「あたし、昼ご飯食べずに帰るから、家帰ったらご飯用意してくれるの?」
と聞かれた。

食べることの心配を常にしてるのぶ子。

病院を出る時間は10時半って知ってるから、
昼ご飯は家で食べることは充分承知。

やはりここでも食い意地のぶ子の本領発揮だなと笑いながら電話を切った。


当日も家に帰ったらご飯のことばかりが気になってたみたいだが、
家に到着したのは11時過ぎ。
妹と1時間ほど買い物出てる間はとりあえずはガマンができるようだった。


お世話をする私にとって、食事のこと以外はとても不安だった。

母の腫瘍の様子はあまり芳しくなく、
脚骨折のリスクもあるので絶対安静と仰せつかってたから。

トイレの介助もなるべく脚をつかないように気を遣わねばならない。
すばやく紙パンツを上げ下ろしして、最終的にベッドに腰掛けさせる。

慣れない自分にそれができるのだろうか。
病室で看護師さんがされてたようにポータブルトイレをベッドに近づけるにしても、
近すぎたら私が介助しにくいし、でも、
母を便座に座らせるのに一歩でも少ない距離にしたいし。

夜のおむつケアはできるだろうか。
漏らしてしまわないだろうか。

いろいろ心配ごとで頭がいっぱいだった。
妹がきてくれてたのが、心強かった。

15時からケアマネージャーさんや訪問看護師さんが来られた。
帰宅後ののぶ子の様子や、病院で聞き知った様子などを伝えた。

心配なことをいろいろと相談した。質問もした。

ベッドに寝かせるときのおしりの位置を手すりギリギリにすることで、
寝転んだとき頭の位置がちょうどいい感じになると教えてもらった。
知らないことばかり。

実際家で介護に直面すると、
病院で打ち合わせしてたこと以外にもいっぱいすることがあった。
まったくの素人の私ができることは、精一杯母を手助けするってことしかない。

左脚の骨折リスクを減らすために、左脚で踏ん張らずに右脚使ってもらおうとしても、
右の大腿骨頸部の骨折でリハビリ途中だったからか、あまり力が入らない様子。

もともと足の裏で踏ん張れないような状態だったから、
今回も左脚で必死に踏ん張ろうとしてた。

私が左脚を抱えて、右足のかかとをベッドに付けさせて踏ん張らせようとしても、
必ず左を使おうとする。

元々のクセなのかなんなのか。

まあ、そういったときの対処の仕方とかも教えてもらった。

ホントに心強かった。

実際私や妹がやろうとしてもうまくはいかないことが多かったけど、
知ってるのと知らないのとは大違いだなということも知れてよかった。

妹は次の日の朝早くにいったん帰り、午後から家族と一緒にまたやってきた。

しばらく姪や甥の小さい頃の動画を見せたり、思い出話をしたりして、
母を楽しませてくれた。

その間に、早めに晩ご飯の用意をして、のぶ子がいつでも食べられるようにしておいた。

4月に1人で父と母の介護に帰ってたときは、
洗濯や掃除やご飯の用意をしてる間に、のぶ子からあれしろ、これしろ、
今じゃないとダメだー!と癇癪を何度も起こされてホント大変だったから、
気をそらしてもらえるだけでもありがたいのだ。


6時には夕飯の準備が整って、
のぶ子のベッドサイドにディナーセットを運んだ。
いろんなおかずを少しずつ、いろんな味を楽しめるようにしたものだ。

さあ、ここからは食べることに夢中。
何も視界に入らない。
何の音も聞こえない。
ものすごい食べっぷりにお腹を抱えて笑わずにはいられなかった。

妹家族が6時過ぎに、帰るからまたね!とあいさつしても、完全無視。


お腹を空かせたライオンがむさぼるように食べてるような姿。
周りから邪魔をするのを寄せ付けないほどの横暴っぷり。

笑う。この姿を見て、笑わずにはいられる人はいるだろうか?

熱々のお味噌汁をこぼさないように父に手伝ってあげるようにお願いをして、
私は妹らを見送りに出、その後しばらく席をはずして戻ったときには、
その日の薬と次の日の朝の薬を飲んでシレッとした顔ののぶ子がいた。

「9/20夕食後」と「9/21朝食後」と袋を分けて、テーブルにテープで貼り付けておいたもの。

目の前にあったから飲んだらしい。

21日の日付があってもおかまいなし。

そのあとも、「薬、薬ちょうだい」と何度も言ってくるのには驚いた。



家に帰ってから病院に戻るまでに飲んだ痛み止めは5錠。

医療用麻薬だけど、麻薬というからには飲ませるのにも躊躇した。


去年の入院中にも違う種類の痛み止めを飲んでた。
抗がん剤治療しながらの副作用を抑える薬とかも飲んでたようだったけど、
退院してからは朝に飲む粉薬だけだった。

自分管理が出来ないひとなので、管理するためもらってる薬を見たとき、
同じ薬を何度も飲むってことをしてることに気付いた。

薬袋の中に手を入れて、掴んだモノを飲むって感じだろうか。

父の痛み止めを1日分全部一気に飲んだときもそんな感じか。

のぶ子にとって、薬を飲むという行為は、
自分の身体の不調を治したいというものもあるけど、
薬飲んですごいでしょって感じなところもあった。

また、たくさん薬を飲んだら一気によくなるとでも思っているのか、
薬袋を日付ごとに分けて入れてても、全部飲もうとする。


この一時退院ではとにかく安静にと言われてたので、
熱があることは分かっていたけれど、頓服の乱用は控えようと思ってた。
薬は別で管理してたおかげで勝手に飲まれることはなかった。
のぶ子はほんまに油断も隙もない。

2日目は食べるとき以外は朝からボーッとしてた。
熱があるときは仕方ないことだ。
それに加えて強く痛みを感じてたようでもあった。

しかし、「痛い」とは言わない。
「ああ、しんどいしんどい」と言うばかり。

午前中足湯をして分厚くなった爪を切ってやるときも、
「ああ、しんどい、しんどい」とまくし立てた。

座ってた方がよかろうと思ってたのに、急にベッドに横たわって、
「このまま切って!」と命令してくる。
そして、「しんどい、しんどい」を連発する。
起き上がっても、横たわっても「しんどい」ようだった。

巻き爪もひどく、手入れしてないから爪が分厚くなってきれいにするまでに時間がかかったけど、今度はいつ爪を切ってやれるか分からない。
時間をかけてもきれいにしてやりたかった。


切り終わって足湯の中できれいに洗って靴下をはかせたら、
「気持ちイイ」と喜んでた。

午後からは、座ってたと思うと、急に寝転んでまた起きてを激しく繰り返した。

左脚が気持ち悪いのか、しきりに箱の上に足を乗せたがった。
そうかと思えば、すぐに寝転んでまた起き上がる。

(遠く台所からその様子を見てて、ありゃ意外と腹筋使えるんや、なんてヘンなところに感心してた私)


話しかけると、混乱してるのか言葉が伝わらない様子。

「しんどい、しんどい」

「おしっこする!」が何度も繰り返された。

便座に座らせても、
「うーん、うーん・・・・」と力を入れるばかりで出ない。
出ても量が少なくて、水分が足りてない様子。

水を飲まそうにもストローで3口飲めばいいほう。

「もういらん」



熱はある。
そろそろ薬を飲ませようか。

「薬飲む、ちょうだいちょうだい」

痛みが落ち着いたのか、夕飯を食べるという流れとなった。




家にいる間、もっと頓服を飲ませた方がよかったのだろうか。

痛み止めを飲み続けないと意識が混乱するようになってる。
飲んだときとそうでない時の差が明確だ。


最低でも1時間あけて飲ませてってことだったから、
飲ませてもいいのだろうけど、
「外に出たい」「動き回りたい」という希望には応えられないから。

痛い、しんどいってことを感じないと、のぶ子は
「なんともない、あたし元気でなんでもできる」
と過信してしまう。

そうならないようにしてほしいと先生から電話もらってただけに、
どうしてやればよかったのだろうかと後になって思う。


家に帰ったこと、あまりうれしそうにしてなかった。

せっかく帰ってきたのだから、窓から見える景色を堪能したらと言っても、
窓を開けて外の空気に触れたらと言っても、
「開けたくない」と答えたのぶ子。


ただ、家に帰ってきた楽しみは日本酒飲んでもいいし、お寿司を食べてもいいってこと。

それだけは、堪能しまくってた。

2日目の昼ご飯、のぶ子好みのネタのお寿司をお皿に入れて出したら
「刺身(正確にはお寿司だけど)には日本酒や。早くお酒入れて!」
と言ってきた。

昼間やで!と思ったけど、だまってタンブラーに半分注ぎ入れた。

だってきっとこれが最後だもん。
病院ではお酒は出ないのさ。好きなだけどうぞ。


そんな3日間を過ごして、昨日午前中に病院に戻ったのぶ子。


連休明けからまた抗がん剤治療がはじまり、
脚の骨を強化する手術がどこかで入り、
放射線治療もどこかのタイミングでする。


脚の腫瘍はさらに大きく、表面は黒豆がごつごつ飛び出す大福餅のような感じ。
色はもっぱらスモモのような。

放射線治療ではこれは小さくなる。らしい。



父は、今度は歩けるようになって帰ってくるって信じてて、
母もそのつもりでいるんだと思う。

「難儀やなぁ」
と言いつつ、母が言うとおりに父はお世話をする。

やっちゃダメだよってことも、のぶ子がどうしてもしたいと言うのならさせてやれと言う。

父は母に甘い。
昔から。

食べたいものほしいもの、買い与える。
って、わがままな子どもにしゃあないなって買い与える親のよう。

いつまでたってものぶ子は子ども。
母親になっても子どものように自分を曲げない。
自分の感情をコントロールできなくて、
我が子(私たち)にすべてぶつけてきた。

今も同じ。だけど、受けとめる私はのぶ子のように癇癪を起こすことなく、
しゃあないなって見守る。
言葉で伝える。体罰しない。叩いたりしない。

どっちが母親なのか分からないね。


食べることにまだ夢中になれてるうちに、
好きなモノをたくさん食べさせてあげられたらいいのに。


娘からの愛だわ。





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