のぶ子が見せるものは、私が見たいもの?【娘編】

のぶ子は相変わらずマイペースで過ごしているようだ。

自分の言いたいことだけ言ったら、
後は知らんぷり。

電話かけてこいと言うからかけたら、
お風呂入ってた。
なんでやねん!


のぶ子が言うことは、結果として正しいとは限らない。

自分が見聞きしたことできっとそうだろうと思うことに
確信を持ってすべて自分の手柄のように話してくる。

「世の中にはいろんな人がいるから」

そういう言葉で片付けられたらどんなに良いのだろうかと思う。

まさか自分の身近に、それも親として存在するのが
「いろんな人がいるから」
と思う人だとしたらどんなに周りに気を遣うか。


先日朝から受けたウェブセミナーで学んだことで、
ふとのぶ子と私のことに当てはまるかもと思ったことがある。

脳が見せたいものが現実となって目の前に現れているということだ。

そんなバカな!と思うけれど、いや待てよ。

私は、子どもの頃の記憶から、
のぶ子はこんな人
という思い込みを持っている。


挑戦的な目で相手を見る。
(私が泣いてても、なぜかよしよしとしてもらった思い出がない)

人をほめない。

子どもが泣いてると、さらに泣かそうと叩いてくる。
(そして、自分が骨折してたな)

お天気屋で、急に怒りだして人をたたく。
(切り替えのポイント部分がわからない)

勉強で良い成績をとってもほめない。

人のワルグチを言うのが好き。

人の(特に家族の)言うことは間違っていると言い張る。

ゴキブリを手で掴んでも手を洗わない。

お下品。

自分大好き。

・・・・・止めどなく出てくるが、例として挙げるとこんなところだろうか。


今ののぶ子がまさにこんな感じ。

私の記憶(思い込み)、私の認識が今ののぶ子を作っているというのか。

なんと恐ろしい!


子どもの頃、うちのお母さんてなんてイヤな人なんだろうと思ってた。
友達のお母さんは上品で(外面かもしれないが)、やさしくて、
怒りんぼかもしれないけれど、子どもと向き合ってくれる人だなと感じてた。

うちの母は、自分の自慢がすごい。
そして、子どもと一緒になって、真剣に自分の子どもと対決しようとしてきた。
負けそうになると怒りだし、叩くことで私らを負かそうとした。

私らが小学生の中学年以上になってくると、体力的に負けることが増えてきたからっていうのもある。

絶対自分が負けたくないようで、そこは必死だったな。

ある程度大きくなってから身体を叩かれたりすると、
すごく記憶に残る。

「あんたのことを考えるから」と親から言われたらそうかもしれないと思うけど、
なんで叩かれなあかんねんと理不尽さに腹が立った。

それでも親だもの。自分の世界のすべては親だもの。
怒りをぐっと飲込んだ。
ガマンもした。

中学生に上がる頃に何かおかしいと思うようになった時には時すでに遅し。

自分の世界がプログラムされてしまってた。

長い間それに気づかずに来たけれど、
そのことにずーっと支配されてて、そして、
それが普通だと認識してきたから現実を創り出したというわけだ。

過去の最悪の出来事たちの記憶が、私にとって事実であって、
制限をする箱にもなってた。

なるほど。

じゃあどうしたらいいの?ってこと。

それについてのヒントになることは今まで読んできたたくさんの本に書かれていた。

今日受けたウェブセミナーで聞いたことは、
幼少期に決めたルールに囚われているのならそれに気づいて、
その記憶を書き換えていくとかって話。

おお、なるほど。前に読んだ本にも書かれてたな。

この前どこかの記事でも書いたけど、
ずっと庭の片隅で泣いてた私の記憶を書き換えたことで、
見えてた景色が明るくなったし、笑顔の私の記憶になった。

そいうことだな。


今ののぶ子の傍若無人な行いは、私の思い込みによって作られているとしたら、
過去ののぶ子に対する記憶を変えていく。。。。。。

一度にはできないゾ。多すぎて。
目の前にいて、あれしろコレしろって矢継ぎ早に言われたら、
それどころじゃなくなるもの。

「相手を変えることはできない。自分が変わるだけ」

そういうことを本で読んだことがある。コレは確かにそう。

人のことを変えられるわけない。だって、人はその人でできているもの。

私じゃない。

私の世界にいるのは私だけで、それ以外の人は自分が創り出している。

そんなような事書いてある本も読んだ。


それなら、上品でやさしくて、子どもを自分の感情次第でぶったりしないお母さんのいる世界を創りたいわ。

そういう世界に私がいて良いんだわって思いたい。

自分が思うことが現実になるってことは、過去を振り返るとよく分かる。

母から言われた何気ないことが、自分自身のホントになってて、
確かにその世界を生きてきたってこと。

それも、結婚したばかりのとき、わざわざ来て言って帰られたことが
20年ぐらいずーっと支配してた。

それに気づいて書き換えしたことで少しずつ変わっていってる。

親の言うことを信じ切ってた素直な私。笑


そうじゃないんだよ。私はそうなりたかったわけじゃない。
じゃあホントはどうなりたいの?
そう自問自答しながら変化させていった。
結構時間かかったけど。

それぐらい、親のことは絶対、と育てられたから。
(父はそんな非道な人ではない。優しく厳しく、真面目で心が広い人)


のぶ子を変えることなんてできないとして、
私はのぶ子にどうであってほしいの?

性格を変えられないとしても、どうであればみんなしあわせで生きていける?



それと、セミナーで学んだことで中立を保つってこともあった。

私にとってのぶ子が「ネガティブ」だとしたら、私が考える「ポジティブ」の部分を意識して中立にする。陰と陽。

・・・・だったかな?

ま、いいところも見ることで光に包まれるってことなのだ。・・・いや、難しいね。

しばらく実家には帰らないつもりだから、2週間もあればイメージできるだろうか。


やってみよう。行動してみよう。
それがいいんだ。
自分が神様になったみたいに。

そう思ったら、私は天国に行けるかもな。なんて、ね。




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