のぶ子、忘れる。激昂する。

木曜日の朝、妹からLINEが来た。

「お父さんがお隣さんに肩を借りて病院に行った」と。

何事!?


3月の半ばから腰が痛いと言いだし、
3月の終わりには動くのも大変なぐらいの痛みになってた父。

病院に行くように進めても、母をおいて入院てことになったら困るからと、
病院にも行かなかったらしい。

ロキソニンを1つ飲んだら痛みがかなり治まったらしいからと
だましだまし日々を過ごしてたみたいだけど、
とうとうガマンできないほどになったみたいだった。

急遽木曜に半休もらい金曜は全日休みもらい(自宅待機だけども会社に報告必要)、
急いで実家に帰った。

父の様子をとは裏腹に、のぶ子は元気百倍で歩き回ってた。

リハビリのおかげで、トイレもなんとかポータブルは使いこなせていた。


木曜の午後は痛いながらも杖をつけばなんとか父も動けて、
私に銀行や買い物に連れて行けと言うぐらいの元気はあった。


銀行やスーパーにあちこち連れて行かされたものの、
自分で歩き回ることでカラダが楽になったと言っていた。

それならいいんだ。安心した。


とにかく、家のことが何もできてない状況だったので、
買い物済ませたら、私は家のことで大忙しに働いた。

食べかすが部屋中に転がってるから掃除をする。
お風呂が汚いから風呂洗い。
晩ご飯の用意。
その他諸々。

同時進行でいろいろなことをやっていくものの、
母が途中でジャマをする。


「ちょっと、お茶入れて」
「お菓子ないの?」
「お菓子あけて、私手が不自由やからあけられへんねん」
「お菓子食べたらお茶飲まな。お茶入れて」
「お茶飲んだから、お菓子食べたいねんけど」
「トイレ行ってきたから、パンツはかせて」
「うんちしてちょっともらしたから、紙パンツはかせて」
「自分でできるからほっといて」
「私手が不自由やからパンツあげられへんねん」
「自分でできるからほっといて、触らんでええ」
「パジャマのズボンはかせて」
「パジャマのボタンはめて」
「(肘のサポーター)外したからはめて」
「テーブルの上にあるお菓子、私にもちょうだい」

なんぼほど言ってくるねん!

「私は手が不自由やから」を言い訳に、なんでもやらそうとする。

ホントにできないのなら手伝うんだけど、
そして、「今それしないとあかん?」っていうタイミングで言ってくる。

お風呂の栓を抜いて汚い水を排出している間に、お米をとごうとしてたら、
「お米といだ?」と聞く。
今してるやん、と答えると、
「お風呂いつ洗うん?」と聞く。
だから、今水抜いてるよね。

掃除機をかけている間に、父がパンツを持ってきて!と言うからそれに対応してたら、
「ちょっと、(紙)パンツにパッドはめて!」と言う。

いや、ちょっと待って。

パンツぐらい自分でできるからほっといて、って今さっき言わんかった?

「私、この手やからできへんねん」
じゃあ、なんでできるって言うの?


父が無事トイレから生還して、ダイニングの椅子に座ったから
コーヒーとお菓子を準備したら、
「私もちょうだい!」と来る。

はい、どうぞ。

「お父さんが食べてるの、ちょうだい」

いや、あなたにも出したじゃないですか。

初日からこんな状態。
ぐったりした。

あんまり食べ物を要求されるから、
「不自由」(なのは肘だけ)だという右手にハサミを持たせ、
お菓子を左手に持たせ、個包装をあける方法を教えた。

自分で開けて好きなだけ食べてくださいな、と。

「(冷凍の)枝豆食べたいからチンして!」と言われたけど、
母のウンチがお風呂の中にこびりついてたのを落とすことが先だと思って無視してたら、
戻ってきたときにまな板の上に置いてた包丁で枝豆の袋の口を切ろうと
包丁を振り回してまな板にガンガン叩きつけてた。

ヒー!(;゚ロ゚)(;゚ロ゚)
なんと危険なやつだ!!

「食べたい」という欲求を抑えられず、
何が何でも食べようとする。

理性よりも本能で生きている。
そんな人なのだ。それは昔から。
さらにひどくなったような気がするけれど。





金曜日の午前中に父を整形外科に連れて行って、その後必要な買い物を済ませて遅めの昼ご飯の準備をしてたら、
「私もそれ一口ちょうだい!」と言う。

さっき、もう食べたからいらんって言ってたよね。
「食べたい。人が食べてるの見たら食べたくなるねん」


電子レンジでチンできる簡単なピラフを父の分から用意して、
昨日の残り物をぬくめようと置いてたら、
「(昨晩の焼き肉2枚と玉ねぎ)それも1枚ちょうだい、ちょうだい!」
とテーブルまだやってきてのぞき込むように欲しがる。

なんでやねん。私、もういらん、ってどの口で言ってたんや。

めどくさくなったので、冷蔵庫へリターン。


こんなやりとりが木金土、続いた。

父の様子も気になるから、土曜日も泊まって、日曜日、いや、月曜病院にも一回連れて行ってから帰ろうか…。

いろいろ考えていたけど、のぶ子の傍若無人な様子に木曜の夜には帰りたくなってた。

自分のペース、やりたいと思った通りにことを運びたいから、
私にそれを強いる。もちろん、父にも強いる。

父は腰の痛みですでにそれに対応できなかったので、
父ができない分、すべて私にふってきた。

ああ、お父さんのことなかったらホンマに帰りたい。

何度もそう思いながら耐えた。


そして、昨日の土曜日。

ホントは昼には帰る予定にしてたけど、父が心配でもう1泊、2泊?した方がいいんやろうか。どうしよか。

そう考えながら早めに夕ご飯の用意をしていたら、
私の元旦那さんのお父さんの話になった。

最初は隣の奥さんに世話をかけたから、なにか贈り物したいから、
「お父さんに播磨屋のせんべいを姫路まで買いに行ってきてって言ってんねん」ときた。

いや、今のご時世出かけたらあかんやろ。
それに、お父さんに姫路まで車運転していくほど元気さはない。
腰の激痛とたたかってるのだから。

「(妹のとこの)お義父さんになにあげようかな。あんたとこの(旦那さんの)お義父さんになにあげたらいい?」

いやあ、うちは離婚してるからいらんて言ってるよね、いつも。


「え?聞いてない。いつ離婚したの?え?9年も前?私をだましてたん!?!!」

え?こっちこそ、え?やで。

9年前に言ったよね。

「知らん。ひと言も聞いとらん。大事に育てた娘に裏切られた!」

あれ?両親が一緒にいるところで話したけど。

「聞いてない!母親に離婚のこと言わへんなんてどういうこと!!!」
「なんで2人で離婚するってあいさつもないの。おかしいやろ!!!!」
と激昂された。

何を今更。

私、言ったよね?父に問いかけたら、ちゃんと聞いてると言う。

言った言わないの押し問答になったので、
妹にも電話して聞いてみてと言って、
私はこれ幸いにと家に帰ることを決めた。


実は毎年聞かれてきたのだ。

元旦那さんの実家に何を贈ったらいいかと。
そして、毎回、うちは離婚したから贈らなくてイイからねと答えてきた。
そのたび、「そうやったね」と言ってた。

それが、今はまったくそれさえも覚えていない。
むしろ、聞いてないから全て私が悪い。悪い娘だ!ってことになったのだよ。

この3日間はなんだったのか。のぶ子に振り回され、
のぶ子のウンチの後片付けに、
父のウンチの後片付けに、
その被害を被った自分自身の服や部屋の掃除や洗濯にどれだけ尽くしたのか。

そんな事実はないものとなった。

娘(私)=悪・親不孝者

なんだそうだ。

離婚したときも悲しかったけど、その時の悲しさがよみがえってまた悲しくなった。

なんか傷をえぐり出されたような感じで悲しくて仕方なかった。
コレを書きながらも涙が出る。

たださあ、旦那さんがいたら、こんなに実家に頻繁には帰られへんよ。
正月なんかずっといたよね。

実家に帰るたび、「子どもらほっといて大丈夫か?」とは聞かれるけど、
一度も「旦那さんほっといて大丈夫か?」とは聞かれへんかったのにな。

そのときふと、「これか!認知症の異常行動ってやつは!」とひらめいた。

介護保険認定申請のとき、審査員の方から何度も聞かれた。

うちの母にいたっては、このブログでも書いたが、
かつてすぐにキレてたのに、穏やかになったと答えてたもの。


ああ、これか。ちょっと納得がいった。

だけど、もう気持ちは「帰る」と決めたから帰ることにした。

父のことを考えると月曜までいてやるのがいいのだろうけど、
仕事を休む(自宅待機だけど)のも気が引ける。
最終週にもショートステイの担当者との面談が入ってるから休まないといけないからだ。

すごく悩んでどうしようと思っていたのが、すっきり帰ることになって
正直よかったと思った。

神様からのプレゼントだわと思った。
宇宙の采配は、どんなにツラいことであっても私にとって最善のことを起こしてくれるってある本で読んだから。


昨日帰るとき、父は痛み止めのおかげで元気になってて、
私が作ったポトフを自分でお皿によそって運ぶことができてたけど、
今日妹家族が夕方行ったとき、
寝たきり状態だったらしい。

明日の腰痛用の装具型取りには行けそうにないと答えてたらしい。

ああ、コレが気がかりだったのだ。
痛みがなければ元気に歩き回れるし、
食欲も旺盛だったのに。

救急車呼ぼうかどうしようかと妹と話し合った結果、
妹がもう一度実家に帰ってくれることになった。

私が行くとなると、公共交通機関を使わないといけないので、
コロナウイルスのリスクが高まるからだと分かってくれたようだ。

妹のところは旦那さんが車で送り迎えをしてくれるから、
私よりリスクは低い。

それも宇宙の采配だよ。きっと。
って感謝しながら、今日は久しぶりにパソコンにゆっくり向かい合えた。


のぶ子がキレたおかげか。
いいように思うことにしよう。

自分のご機嫌を取るのが上手になってきた私。

傷つけられても、子どもの頃みたいに心を潰されることはない。



今後、父が入院したり、介護が必要になったとき、
さてのぶ子はどうしたらいいのだろうかってすごく悩む。

妹は、私が長女だから長女が面倒見るのが当然だと思ってて、
母も、私がずーーーーーーーっと家にいたら便利使いができるからイイと言う。

私はどうしたいかというと、実家に帰って暮らすつもりはない。
今の家周辺に暮らすと決めてる。
引っ越ししたとしてもね。

両親を見てると、自分が年を取ったときに子どもたちに面倒を押しつけたくないなって思うから。

お金があると高級高齢者施設に入れるみたいだね。

一度だけ見学に行って、ホテルかと思ったもの。

そんなところに入るかどうかは別だけど、
シェアハウスとかおもしろいかも。

今の時代は自宅でできる仕事を持てる。

特に、コロナウイルスで緊急事態宣言が出ている今もだけど、
通勤するのもカラダ的に大変になる年齢になったときでも、
家でできる仕事だと最期のときまでできそうだ。

シェアハウスでだれかとコミュニケーション取りながら、
後の人生を過ごすのも悪くないかも。

「のぶ子さんはいつも口先だけやね」
と看護師さんから言われたのぶ子。お礼には心を込めないとすぐバレるのに。笑


心を込めて言葉を伝え、楽しい人生を。

そう思って過ごそうと思う。






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