のぶ子、騒ぎを起こす

今朝、母から電話があった。

折り返すと、
「食器洗い機が動かない」
とのこと。

最近調子が悪そうだなと思っていたけど、
とうとう来たかと思っていたら、

「どこに洗剤入れたらいいか分からへん」
ときた。

そして、
「水がたまってるねん」
だそうだ。

洗うスイッチを押して、
途中で洗剤を入れるのを忘れて止めたはいいが、
どう使えばいいのか分からないといったところだろうか。

私はもっぱら乾燥を利用するだけなので、
洗剤の入れる場所なんか知らないのだ。

4日に退院してから家にいるものの、
父が腰が痛くて思うように動けないから
食器ぐらいはどうにかしようかと思ったのだろうか。


手で洗ったら。

そう言うしかない。
じゃあ、今すぐ私が洗いに行ってあげるね、
と言える距離でもないから。

のぶ子が食器洗いのことを言い出すぐらいだから、
よほど父は腰が痛いのだろう。

10日にPET検査と整形外科の受診に母を連れて行ったのも
かなりしんどかっただろうに。

数日前、ケアマネさんが母を訪ねて行ってくれたとき、
父がのぶ子のオシモの世話をしてる最中だったらしく、

「ああ、もうそこ違う。なんで!怒」
「お父さん、こうしてって。ほら、こっち!」
などとエラそうに言われてたらしい。

腰の痛みを押しながら頑張ってたのにと父もイラッときたようで、
結構言い合ってたと聞いた。


しばらくして、父に後始末をさせておいて、
のぶ子が何事もなかった顔をして出てきたらしい。

トイレ中だからちょっと待っててと言われてたから、
ケアマネさんもお手伝いできなくてお父さんかわいそうだったとのこと。

。。。。。。。お父さん。


要介護3が出たので、介護サービスの計画を立てようと
ケアマネさんが奮起してくださってるのに、

「いらん、いらん。お父さんとお風呂一緒に入ってるし」
「だって、他人さんに裸見られるのおたくだっていやでしょ」

父の負担を軽減できるようにと思っていたのに、
マックス父の腰に負担をかけていたのだ。

のぶ子の「できる」は、「父がする」ってこと。
自分ができないことは父が、
父ができないことはご近所さんを呼びつけてしてもらうらしい。

アカンやろ。


今日お昼過ぎて片付けしようと立ち上がったとき、
着信があるのに気づいて電話とったら、
「お父さんが倒れてん」
とのぶ子からだった。

!?え、どういうこと!!??

「お父さん、うんこしてトイレから出てきたみたいやけど、
お風呂場の洗面所でお尻出して倒れてるねん」


腰が痛いので這って出てきたのだろうけど、
倒れてるとはどういうことなん!!??

救急車呼ぼうか?どういう状況なん?

意識はあるのかとか様子はどうかとかのぶ子に聞いてると、
向こうの方から父の怒鳴り声が聞こえてくる。

「アカン、言うたらアカン!」

あ、意識はあるんやね。
でも、腰が痛くて起きられへんのかもしれへん。

今から用意してそっちに行くわ!!

そう返事して電話を切り、
すぐに妹に電話して、父が倒れてるらしいことと、
今から実家に向かうことを伝え、
ケアマネさんにも電話を入れた。

すいません、父がトイレから出て倒れたらしく、
様子を見に行ってもらってもいいでしょうか?

父がいないと母のお世話をする人がいないからと
すぐに行くと言ってくださったので、
私も大急ぎで泊まりがけで行く準備をした。


さっきの電話から30分ほどしてのぶ子から着信があった。

すぐかけ直したら、父が代わって出てくれた。

「何を大げさに電話するんやって(お母さんに)言ったのに、電話しおって。
お父さんは大丈夫やから。ズボン脱いでうんこしに行ったら腰が痛とうてな。
這って出て、あまり痛いからちょっとそのまま休んどってん」
らしい。

今から行こうと思って準備してたとこやねん。

「来んでええ、大丈夫や。さっきもOさん(ケアマネさん)が来てくれてな。
大丈夫やって話してたとこや」

肩の力が一気に抜けた。
ホンマよかったわ。

倒れてるって言われたら何ごと!?って思う。
血の気が引く。

前に行ったときに、父が朝起き抜けに腰が痛すぎて動かれへんと言ってたし、
お風呂上がりでも痛みでふらふらになってたのを見てただけにかなり心配してた。


ホントはしばらく行ってあげたいのだけど、
コロナウイルスの兼ね合いで、2週間は間隔を開けたいのだ。



私がもしも保菌者だったら、
母にとっては恐ろしいことになるから。
実家までの道中も油断はできない。

今のところ、熱もないし、味が分からないとかにおいが分からないとかはない。
お腹いっぱい美味しくご飯が食べられる。なんとしあわせなことか。


数日前ちょっと息苦しい?って思ったときがあった。
その前の日に、両肩にかなりの重量のカバンをかけて、
立ち話を30分ぐらいしてた。

もちろん、2メートル以上離れてマスクしてのことだけど。


話が弾んでおしゃべりに花が咲いてきた頃なんとなく苦しくなってきて、
コレはやばいかもって思った。ドキドキだった。

肩も重いし、胃の辺りが鈍い重さがある。
下に引っ張られる感じで苦しいかも。
腰もかなり痛いゾ!

ああ、どうしようか。。。。。。

心配しながら家に帰ってお風呂に入ると、
何か肩がむちゃくちゃ痛い。
あれ?肩こり?ただの腰痛?(11月ぐらいから腰が痛いのだ)

ゴルフボールで肩と背中と横隔膜辺りの筋肉をもみほぐしたら、
全然苦しくなくなった。

筋肉が激コリしてたからのようだった。
荷物重すぎた。同じ姿勢で長時間はカラダによくない。

肺じゃなくてよかった。
そうはいっても、怖い。

念のためもう少し日をあけてから帰ろうと思ってた矢先の今日の騒ぎだったから、
ホントにあせった。

何をおいても、急いで帰らないとと思ったもの。


父の元気そうな声を聞いてどんだけ緊張してたのかよく分かった。


いつもながらお騒がせなのぶ子。

その後も、留守電が入ってて、
「お父さん、腰が痛すぎて薬局に薬買いにいかれへんから、
お隣の奥さんに買いに行ってきてって頼んでん」

頼んだのはもちろんのぶ子。

お隣さんを使いっ走りにするなんて、
なんて厚かましいのだろうか。


「私はね、家帰ってきても腕がこれや(右肘が折れてる)から、
何もできへんねんよ。ご飯も作られへんから、買ってきた惣菜食べてんねんで」
(買ってくるのは父だ)


いや、お母さん、右手の指は動いたよね。
ハサミ持って、キャベツとか切って、
卓上の電気調理器使ったら炒め物ぐらいはできるでしょ。

右手でスポンジ持って、左手でお皿を持てば、
お皿も洗えるよ。


【できない】と思い込んでるから、しようとしない。
できないから、自分以外の人がしたらいい。
自分の手足となって動いてもらおうじゃないか!

そんな感じ。

その考え方は、今だからではなく、私が子どもの頃からのこと。


思うように私たちが動かなかったらかんしゃくを起こす。
こうして、ああして、と指図して、
出来ない相手を攻めまくる。


やってみたら?

手に取っても、やる気が起きなければ、
「できへんもん」で終わる。

今の状態は神様からのぶ子に与えられた試練なのか、
それとも、私に課せられた試練なのか。

「試練」と捉えるとツラいから、
次に良いことがくる前兆だと思うといいのかもしれない。


親にとっては私はいつまでも子どもだし、
私にとっても親は親。大切な存在なのだ。


ただ、どう向き合うかは大人の私は自由にできる。

何を言われても耐えてガマンして、
愛情をいつか向けてもらえるんじゃないかと期待しなくてもいい。


後悔しないように行動する。
それでいいと思うのだ。

自分ができないことは人の手を借りる。
借りたら、感謝する。

そんな当たり前のこと、私はできる。


だから、のぶ子がどう言おうが何をしようが、
私が母に対して誠意を持って接すればいいのだもの。

あののぶ子がいたからこそ、
同じ轍を踏まないでいられるのだと思う。
【ああいう大人にはなりたくない】


週明けに父が整形外科にかかって腰の痛みをどうにかできますように。

のぶ子のわがままに父が参ってしまわないように。

(入院中でもほっとけないところが、父のイイトコロなのだから)


いつもどこでも騒ぎを起こすのは、
のぶ子の生命力がまだまだ強いからだと私は思ってる。


そのせいで、父や私や妹がひっくり返らないよう気をつけておかなくちゃ。

そうとう強敵だよ。






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