のぶ子、貴金属を手放さず

のぶ子のブログを書き始めて4ヶ月目に入った。

だけど、最近失速している。
なぜなら、子どもの頃の私が癒やされはじめたので、
急がずぼちぼち進めばいいかって感じになったから。

愛されたいと渇望していた私自身が
少し落ち着いたということろだろうか。

今は、潜在意識の中に居座ってるのぶ子なのか、
思い込みでガチガチに固まった私自身なのかを
表に出してやってさよならする作業の途中。

何を言ってんのか分からないって思われるだろうが、
そこは流していただければ幸いである。

(分かる人には分かってるはず)


心の中に居座ってるブロックはかくれんぼしてるし、
のぶ子以上に重量がありそうなので、
出てきそうで重みでまた戻ろうとしていると感じる。

でも、確実に自分の中で変化している。

ごろっとした岩が金塊に変わる日は近い!
と勝手に思っているのは私だけだろうか。

まあ、それもこれもこのブログを始めたおかげだな。


さて、のぶ子自身も金塊に変わるんじゃないかと思ったことがある。

入院中、ミラショーンの腕時計と、24金の指輪だけは身から離すことなく
むくんだのぶ子をギューギューにしぼっていたからだ。

私自身何度か入院を経験しているが、
手術するときは指はは外すように言われたものだ。

ましてや腕時計なども、パジャマ着てるのに付けることはなかった。

時間を見たければ、置き時計か携帯の時計でか、
腕時計を外してベッド脇に置いて確認するかだろう。


病室の中では時間はかなりゆっくりと流れていったのを思い出す。

ただベッドにカラダを横たわらせて痛みに耐えながら過ごすのだから、
なかなか時間は進んでいかなかった。

のぶ子は入院中暇で暇で仕方なく、最初のうち痛みがひどかったとき以外は
ベッドに腰掛けて座って、
食べるか、父を話し相手にひたすらしゃべるかをしていた。

私がお見舞いに行ったら、おしゃべりが止まらなくて、
ホンマに病人なのか?と疑ってしまうぐらい元気だったものだ。

もともと脂肪とむくみで腕時計がきつそうに
手首に食い込んでいる状態だったにもかかわらず、
なんど私が時計を外させても気づけばまた手首を締め付けているのだった。

貴金属を身につけて病院に入る人もいるのだろうか?
いや、病室で一日中過ごすのに必要なのかということだ。


腕時計といえば、恋人に例えられると私が独身時代に教えられたことがある。

ホントかどうかは知らないけれど、
どこに行くにも腕時計を身につけて行く人は
恋人(好きな人)とずっと一緒にいたい人なのだと。

もしそれがホントなら、
母は父のことを大事に思ってずっと一緒にいたいと思っているだろうか。

それなら、もっと父のことを大事にしてあげてほしい。
身から離さない貴金属のように、
父のことを手放さずに寄り添うふりでもしたらいいのに。

父をこき使わずに、もう少し優しくしてあげてくれたらな。
そう願わずにはいられない。



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