のぶ子、声を間違える

のぶ子のことを書き始めてから
気づけばもう4ヶ月になった。

思い出せるときに書いて、
子どもの頃の私を癒やしてきた。

過去の記憶の中にカラーの映像がだいぶ出てきた気がする。

ずいぶん忘れてしまってたこと、
忘れてしまいたかったことがたくさんあるにもかかわらず、
ある程度書き進むとなかなか思い出さないものだ。

過去以上に、「今」ののぶ子に振り回されてる現実。

そこに対面する家族の絆・・・、なんていい話で終わってしまいそうだが、
傷つきたくないから見ないふりをしてきた過去に向き合って、
少し前に進んできてるのも現実だ。

さて、今日の出だしはいつもと違う。
この後はいつものごとくのぶ子の暴れっぷりを書いていこうと思う。

飽きずに読み進んでいただけると幸いである。


☆☆☆☆☆☆


私が中学一年生の頃のことだ。

家から徒歩10分ぐらいの中学に通っていた私は、
月曜日の学年集会に出た後、
体育館から教室に戻った。

教室と言っても、2部屋並んだプレハブの教室だ。

その年の1年生はかなり多く、13クラスもあった。
鉄筋の校舎には入りきれないとプレハブが増設されたのだ。

私は1年13組で、体育館横の裏庭に建てられた教室に向かっていた。


友達とおしゃべりしながら目の前に見えてきた教室を認識したとき、
仁王立ちしたのぶ子の姿が見えた。

え?

頭の中に浮かんだハテナマークを払いのける勢いで、
母の声と上靴が飛んできた。

「あんた、なんで校門のところにいてへんの!いるって言ったやろ!!!」

激怒りの鬼の形相に、周りの友達や同じクラスだけでなく
隣のクラスの人たちもびびってた。

私はそんな約束はちっともしてないし、
上靴はもうしっかりとはいている。

そう答えたら、のぶ子はあれ?って表情を一瞬だけ浮かべて、
無表情で去って行った。

あれはなんだったのだろうか?とみんながザワザワする中、
少しの恥ずかしさと、結構なおかしさとが入り交じった気持ちになった。


結局、小学生の妹が月曜日上靴を持って行くのを忘れて、
持ってきてと家に電話してたそうだ。

妹は校門のところでずーっと待ってたけど、
全然持ってきてくれへんと、悲しい思いをしたらしい。

1日学校の来客用スリッパを借りて過ごしたとのこと。
かわいそうだが仕方ない。

でも、母親なのに娘たちの声を間違えるとは思ってもみなかった。

しゃべり方はふたりとも全然違うし、
声の感じも違うのに。

私は電話でよそ行きの声を出すと、
のぶ子のよそ行きの声によく似てると言われたことがある。

でも、少ししゃべればすぐ分かるものだ。

父は私たちの声を間違えたことはない。


一度だけ、私が小学5年生ぐらいのときだったか、
名札を忘れてしまったので持ってきてほしいと電話したら、
なぜだか父はマフラーを持ってきたことがある。

校門のところで待っていた私は困った顔しかできなかった。

イントネーションが悪いとあとで注意されたけど、
まだまだ暖かい日だったのにマフラー探して持ってきてくれたことに感謝だ。

家に帰ってから、大笑いしたのもいい思い出だ。

のぶ子は自分のことで精一杯だから、
娘たちのことは表面的なところしか見ていない。

私と妹、姉妹だけど別人格なのは当然。

似てるところもあるけど、同じじゃない。


だから、娘たちの水面下のがんばりには気づかないで、
「できない」「できてない」「がんばってない」「どうせ無理だ」
と決めつけきた。

傷ついて、涙を流したし、ココロにしこりが残ったのは事実だ。

でも、私たちはもう大人だから傷つかないでいいし、
自分自身でココロを守ってあげることができる。

自分を癒やすためにブログを書き始めたことで
少しずつ変化してきたのも認識している。


今の私は、自分を癒やせる。笑い飛ばせる。

やっと大人になったのかな。今更だけど。


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