のぶ子、くぎ煮にまみれる

のぶ子は毎年春先になると、毎日魚屋さんに出没する。

目当てはいかなごだ。

いかなごと言えば、「くぎ煮」

いかなごとは、おじゃこの大きなもの
と言えばわかりやすいだろうか。

いかなごを濃い口醤油で甘辛く煮込んで作る佃煮のことだ。

お魚も成長する。

小さい方が味がしまって煮崩れしにくいし、
口に入れたときの食感がいい。

釘ほど硬くはないが、
釘のように尖って仕上がる。

大きくなると身が柔らかくなって煮崩れする。

食べたときの感じも魚の腹独特の生臭いような苦みがあるような感じが後でくる。
(↑↑↑あくまでも個人の感想)
そして、身が煮崩れて美しい姿を保てない。

のぶ子曰く、くぎ煮を作るのは出始めの小ぶりのものがいい、そうだ。


今年の春は不漁のせいか、いかなごがすごく高くて、
いつも長蛇の列になる魚屋さんも人がまばらだった。

のぶ子は毎年、何パック買うのかと思うぐらい、買い占めるらしい。

安い時にでも1パック1000円ぐらいだったのを
全部で24000円ぐらい買った年もあったそうな。

その中には、ご近所さんに配り歩く100均のプラスチック容器も含まれる。

ざっと20パックはくだらないほどに買ってたみたいだ。

一度にではなく、出始めから大きくなり始めの頃ぐらいまで時間差で。

大きなお鍋で濃い口醤油と砂糖?みりん?生姜に山椒。

お鍋から目を離せないからと、
炊いているときはずっと台所にいた。

暇なん??って聞きたくなるぐらいにほぼ毎日何回も。

ゆずやアロエの化粧水の時もそうだったが、
自分が作ったものを人にあげたくて仕方ない、のぶ子。

うちの分だけでも、多いときで3パック一度に持ってきてくれた。

もしくは、最初2パックで、日を開けてからまた1パック持ってきてくれるなど。

そんなに食べられへんで、というぐらいの量を作ってた。

季節の味だし、美味しいからよく食べるとは言え、
家族4人でも一度のそんなには食べられない。

食べきらないままに次から次へと持ってきてくれることもあった。

ありがたいけど、もったいない。

最近では、いかなごが高いのと、
じーっとお鍋の番ができなくなったからたくさんは作らなくなった。

我が家にはそんなに持ってこなくても十分やからねといつも言う。
そして、ハシリのいかなごじゃなくていいからねとも。
口に入れたら同じだから。

「おもてなし」
って言葉が取り上げられてもそうじゃなくても、
のぶ子のくぎ煮に対する情熱は変わらない。

甘辛い醤油の臭いに溺れて、沈んでいってるんじゃないだろうかと思ったこともある。

くぎ煮を生きがいにするのもいい。

配ってあるく人がひとり、またひとりといなくなり、
以前みたいに食べてもらえなくなったのも寂しいものだ。

ただ、魚の臭み消しにと、生姜を線切りにして入れるのはやめてほしい。

くぎ煮だと思って食べたら生姜だったときの悲しさってないわぁ。

「くぎ煮はどこ!?」


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今、月の土地が買えるらしい。




月の土地の権利書をプレゼントされたら、
うさぎのように跳びはねてしまうだろう。

ふたりの結婚の記念に月の土地を贈るというのも
奇をてらうものだと喜ばれるかもしれないな。



くぎ煮よりも好評だったりして。






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