のぶ子、たまごを並べる

のぶ子はいつもたくさん買い置きをする。

買い置きがあるというのに、
またさらに同じものを買い置きするのだ。

たまごがいい例である。

道の駅に行くと、新鮮な野菜や果物、たまごなどを買うことができる。

毎週土曜日に訪れる場所があるらしいのだが、
そこに隣接する道の駅のような場所で毎回たまごを買っているようだ。

ちなみに、両親はふたりで暮らしている。

だから、買い置きするほど食材が減ることはない。

産みたてのたまごを見ると、
買わなくっちゃという衝動に駆られるのだろうか。

たまに父がゆでたまごを作り、
毎昼ご飯に食べるうどんに1つ落とす。

晩ご飯に母がたまご料理をすることがあればその分減る。

一週間のうちにたまごの消費はおそらく10個以内。

冷蔵庫のドアポケット20個分が茶色い球で埋め尽くされている。

並べては買い、入らない分は買ったままの状態で冷蔵庫の棚に入れられる。

20個のたまご用のポケットをすべて埋め尽くす必要はないはず。

20個を埋めるために減ったら買い足してたら、
どれが新しいのか古いのか分からなくならないか。

たまごをたくさん並べて満足するよりも、
新鮮なたまごを食べて満足してくれたらいいのにと思う。

なぜなら、高齢になってきたからこそカラダにいいものを食してほしいからだ。


のぶ子は食材が傷もうがおかまいなしで
おなかを壊さなければOK!という人だ。

子どもの頃から賞味期限切れてるものを平気で食べさせられた。

カビが生えていてもお構いなし。

父のうどんを5袋ずつ、買い物に行くたびに買うから賞味期限内に食べきれず、
気づけば白い生うどんが黄みがかってぬるぬるに糸を引いてたこともしばしば。

父も私たちもお腹が鍛えられたのか、デリケートさから遠のいたのか。

買い置きはするものじゃないってこと。


ちなみに、私ものぶ子に倣い、安心のために
買い置きをすることが結構あった。

だけど、ありすぎると腐らせたり、賞味期限が大幅に過ぎ去ったりと、
いいことはなかったことに気づいた。

だから最近では必要なものを必要な時に買うようにしている。

なくなってから買えばいいものと、
なくなる手前に買えばいいものがあることも、
分かるようになった。

今までは、「なくなること」への恐怖がスゴすぎたんだと思う。

今は、「必要な時に絶対手に入れられる」と思えるようになった。

子どもの頃からのぶ子の考え方が身についていたけど、
変えようと思えば変えられるんだな。

だから私はたまごは並べない。

並べると、なくなった場所に目が行きすぎるから。
「不足」に注目してしまうから。

たまごケースに入れたまま、残りがいくつあるか、
まだあるな、ってチェックするぐらいが丁度いい。

「ある」ことを意識すると、最近なんか変わってきた感じがする。

のぶ子を反面教師にしつつ、今日はたまご6つ入りを買った。

必要な分だけ。
それでいいって思うから。



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たまごといえば、
私が高校生のときに、たまごの殻についてる薄皮を顔に貼ったことがある。

ハリがでるからとかってその当時流行っていたような。

白身が少しついたまま貼り付けたあと、
ハリのあるお肌がさらにパリッパリになった。

ハリが出るってああいうことなんだなと
多感な少女時代の私は知ったのだ。

ただ、生卵は生臭いのだ。
いい香りつきのたまご、求む。





卵殻膜が入った乳液なら、香りもハリにも良さそうな気がする。

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のぶ子が知ったら、冷蔵庫のドアポケットに並べる…なんてことはないか。




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