のぶ子、悲しみに満ちた顔を向けてくる

のぶ子は仲間はずれされるのがきらいだ。

それはだれにでも嫌いなことだ。
仲間はずれなんてされたらとても悲しい。

私自身大人になっても、人から嫌われたくない。
なぜなら、自分自身を否定されているような気がするから。

人と良好な関係を結べたらいいと思っている。

大抵は誰しもそうだろう。


だれかに嫌われようが、好かれようが、
我関せずというぐらいでいられるのなら、

人とどんな関係であっても気にしないのかもしれない。


それで言うと、のぶ子は気にしないタイプだ。


ワルグチも平気で言うし、
人からワルグチを言われてるかもなんてこれっぽっちも考えもしない。

自分は人から好かれているという自信があるからだ。

うらやましい限りだ。

そんな図太い神経を私も持ちたい。

のぶ子、世にはばかる、だ。



さて、そんなのぶ子はいつも変わりなく、
食べることが好きだ。


食べ物を前にすると
電気が走ったかのように突然元気になる。


家族が集まるときに手土産を持って行くと、
変わったお菓子が食べられると喜ぶ。


変わったお菓子じゃなくても、食べ物をもらえることに大喜びする。


持って行ったかいがあるのでうれしいことなのだけど、
体型を気にせず食べまくるのが、こちらとしては心配でもある。


以前、リンツのチョコレートをお正月に買っていったことがある。


アウトレットモールにスイスのチョコレートブランド、リンツが入っていて、
そこで量り売りされてるリンドールチョコを自分好みで買って持って行ったときのことだ。


妹家族や私の子どもたちに配って回ってるとき、
母はリビングのソファにでんと座って自分の番を待っていた。


今か今かと待ちわびるのぶ子の表情がおもしろくて、
笑いがこみ上げてきた。

「お母さんはちょっと食べ過ぎだからどうしようかな」

そう言ったら、すごく悲しそうな顔をした。


「仲間はずれにせんといて!」と
チョコレートを要求してきた。

もうおかしくてその場にいたみんなが吹き出すほどだった。


リンドールはひとつぶが直径3センチぐらい?の球で何種類かの味があって、
上品な甘さで、私にとっては甘すぎないところが好き。


美味しいのよ、と先に言ってたこともあって、
食べたくて仕方なかったらしい。

それを自分だけもらえないと思ったら悲しさが表面に出たようだ。


普段から遠慮をしないのぶ子。

悲しそうな顔をするのは、もらえるのが当たり前だと思っているから。


私は遠慮の塊だったから、見習いたいと思う。
受け取りベタだったのだ。


最近では、「遠慮」はするけど、
「そうですか?じゃあ、いただきます」
と言えるようになった。


せっかくあげる、どうぞ、と言われたら、
受け取るようにすると決めた。

ものでもお金でも気持ちでも、
ありがとうと感謝することができるようになったのだ。


いいんだよと自分に許可できるまでかなり時間がかかった。


のぶ子のように当たり前になるにはまだ少し時間がかかりそうだけど、
それでも私はすごい進歩をしている。


親子でも違うものだ。
私は祖母に似ているのだろうか。

祖母とはほとんど交流がなかったので、よく分からない。


ただ、最近読んだ本だったかで隔世して似ることがあるということを知った。


うちの娘はのぶ子のようなわがまま気質はない。
夫の母の気質をもらったのならよかった。

生涯かけて、のぶ子になりたいと絶対思わないけど、
こうやって過去を振り返ってのぶ子と向き合う。

その時思い込みで打ち込んだ楔を外していく作業は
少しずつだったとしても必要なことなんだと思う。


その証拠に、結婚したとき、
うちには愛があるけれど、お金がないと占いで言われた
ってのぶ子が言ったことが頭から離れなかったけど、

ここ数日前に私の頭の中に出てきたのぶ子は
「あんた、結婚したらお金持ちになるって占いで言われたわ」
と大きな顔をして言ってくるではないか。


もっと早く言って欲しかったよ。

お金持ちになるんやね。
待ち遠しいわ。


大きな声で断定的に言うのぶ子から埋め込まれた
「できない」私を発掘する一歩めかな。


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お持たせにするお菓子選びは楽しいけれど、
いろいろありすぎて迷ってしまう。


一度にいろんな種類があって
見た目もステキな商品が並んでいて
選び放題だとうれしいんだけど。




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大切なだれかの顔を思い浮かべながら選ぶのは至福の時。




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