のぶ子、糸を通せずくやしがる

のぶ子は短気だ。


さっきまで機嫌良くおしゃべりしてるかと思えば、
急に雷を落とす。


スイッチはどこについてるのか分からない。


背中に付いてるのか、
おでこについてるのか全く不明だ。


もしかしたら着ぐるみ着てて、
その中の人が変わってるのかも。

それぐらい別人のように豹変する。


そんなのぶ子でも、いつもというわけではない。


ご機嫌が斜めになるだけで止まってくれるときもあるのだ。




私が幼い頃、母は内職でクリスマスのオーナメントみたいなのを作っていた。


2歳か3歳ぐらいの頃だろうか、
赤いフェルトを切って、ボンドでサンタさんの顔を貼り付けて、
金色のうねうねのリボンテープを貼るような作業だったように記憶している。


実は私は記憶力がよかった。

今でこそなかなか覚えられないが、
幼い頃の記憶の場面は意外と色鮮やかにはっきりしているのもあるのだ。



その頃の母は、老眼とも縁がなく、
針に糸を通して縫いものをするのもいとわなかっただろう。



50代ではすっかり老眼で、縫い物をするのがおっくうになっていた。


針穴が見えないから、糸を通せない。



あるとき、田舎の祖母が我が家にやってきた。


のぶ子の母だ。


その当時はまだ元気で、背中もピンとした祖母だった。

それでも、もう80歳近くだったんじゃあないかな。


うちで繕い物をしてくれた。

ボタンの付け直しだったか。


針に糸をすんなり通して、
サクサク縫い付けていたのを覚えている。



のぶ子はくやしがった。

自分は糸が通せないのに、
自分の母親が針穴に糸を一発で通した。

なんでわたしができへんのや!と。


ご機嫌が斜めになった。
斜め止まってよかった。

さすがに自分の母親に豹変するのは憚られたのかもしれない。


老眼入ってきて見えにくいとはいえ、
近眼なので眼鏡を外せば針穴がよく見えたんじゃないかな。



祖母は老眼鏡をかけていた。
のぶ子は近視の眼鏡をかけていた。


なぜ眼鏡を外さなかったんだ。
視野が狭すぎる。


もっと広い視野で見たら、子どもの成長をおおらかに見られたんじゃないか?

短気は損気だ。





そういえば祖母がうちにしばらくいたときこんなことも言ってた。


「おばあちゃんの脚、あんた(私のこと)ぐらい細いなあ」


祖母が住んでいたのは、山間の村にある森の中の一軒家。

周りは木々や竹林、そして、田んぼが棚田のように広がっていた。



もちろん、祖母は田植えもしていたので、足腰はしっかりしていたようだ。

引き締まった脚をしていた。

私よりも引き締まっていたんじゃなかろうか。


のぶ子は、

年老いた自分の母に比べて、若くて美人(!?)なはずなのに、
スタイルバツグンなのは自分ではない、

という事実にショックを受けていたようだった。


針仕事をさくさくこなせるほどよく見えた祖母の目にも嫉妬していた。



のぶ子よ、我が子をかなり厳しく育てたわりには
自分自身を相当甘やかしたようだな。


末っ子の特権で、なんでも祖母にやらせてたんじゃないか。


今思えば、家にいるときの祖母は、
ひ孫を抱っこして可愛がってた以外は、
寡黙に過ごしていたような気がする。


その横でのぶ子、ずっと口を動かしてた。
おしゃべりか、モグモグタイムか。

のぶ子、我が道を行ってる。


悔しいと思うなら、自分を磨けばいい。


成長は何歳からでもできるんだから。


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ボディメイクする気があるなら、
自分に合った食事の取り方を考えてほしい。






人の力を借りることも大事だね。










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