のぶ子とは、私の母の名前だ。
若いときは「のぶちん」と言われてモテモテだった、ピチピチの76歳である。
私が知っている限り、こんな自由で自分中心に物事を考えられる人はそういない。
特に、家族の声に耳を傾けるつもりはないらしい。
自分の思いを貫ける、ある意味すごい人だと思う。
「○○さんがそう言ってたから」と他人さんの意見はほぼ100%正しくて、
家族が言うことはすべて間違っているという思い込み。
そして、「聞く耳を持たない」というはっきりした行動力。
ただ、それが正しいかどうかといえば、そうじゃないことも多かった。
それでも、なにかと過ごしてこられたのは、父のがんばりのおかげに他ならない。
私が嫁でなくてよかったと父がこぼすぐらいだから、
母と意見を戦わせるには相当な覚悟が必要だと分かるだろう。
母の自由さがうらやましいと思うこともある。
周りの人のことを気にせず言いたいことを言い、やりたいことをやる。
そんな人生を送れるなんてすばらしいことじゃないかと今なら思う。
私自身の性格ではやっていけないのぶ子の生き方。
だって、私は周りと協調しながら生きていきたいタイプだから。
でも、最近自分自身に目を向けることをはじめて、
私が自分のことを大事にしてこなかったことに気づいた。
周りの人に気を配りすぎて疲れた。
嫌われたくないと思うことに疲れたのだ。
だれに嫌われようと、だれともわかり合えなかろうと、
「自分自身が自分の味方でいたらいい」
と思ったら、自分の周りにシールドができたような気がして、とても心強かった。
そして私自身に「愛」を向けたら、肩の力が抜けたような気がした。
母との確執、といっても、
こちら側から一方的に確執だと思っているだけなのだが、
それが薄れてきた今だからこそ書かずにいられなくなった。
小さな箱の中に閉じこもって防御してきた人生から、
箱から出て箱の上に乗って俯瞰して見られるようになった今だから。
母のことをこれから綴っていこうと思う。
思い出した順番で。
笑い飛ばせるものであればいい。
果たして他人の皆さんはおもしろくはないだろうが、
怖いもの見たさで読み進んでもらえればありがたい。
なんと言っても、母がこの世に生きた証にもなるからだ。
インパクト強すぎて、出会った人は忘れないだろうと思うけど(笑)
では、ご縁があった皆さまがしあわせでありますように。

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